友人の歴史散策会

友人が主催し代表・会長を務める歴史散策会に再び参加し始めた。 この会は、友人が20代で労働学校の歴史を学ぶサークルに通い始めた頃に作られた、相当長い歴史を持つ会である。代表の友人に聞くと会の名前は、有名な武将から取り、マークも花押だということだった。

詳しく調べると、第一回が1982年7月3日で、現在まで営々と続けられている

私にとってこの会で最も印象的な出来事が、京都伏見の寺田屋でのことである。会の初回の散策で伏見を、4人で訪れ、寺田屋で幕末維新の歴史談義を始めてしまい、他の観光客がいるにもかかわらず、数時間寺田屋の真ん中を占領してしまった。坂本龍馬、西郷隆盛、新選組などについて、熱く語り合ってしまったのだ。

第一回寺田屋にて

あれから40年余りの時間を経たが、私は途中で参加しなくなり、会がどうなったかなども思い返すこともなかった。ようやく最近になって参加するようになった次第だ。

最近の散策では、豊臣秀吉に関して、京都東山七条界隈を散策する機会を得ることができた。文禄・慶長の役の耳塚や方広寺の大仏殿跡、更に豊国廟などを友人の解説付きで、27人あまりで回ることが出来た。

特に印象深かったのが、豊国神社の大正コンクリート、ガラスで造られた宝物館で、加藤清正が持っていた秀吉の歯や、屏風を見せてもらい、更に、豊国廟に身長140センチ余りで、DNA鑑定をした血液型O型の豊臣秀吉本人が北西の方向を向いて葬られているということだった。

豊国廟

このことを聞いた時は、歴史の教科書や大河ドラマの主人公としてのイメージしかない、豊臣秀吉が実在する人物であり、生きていたということをハッキリ実感し、400数十年タイムトリップし、桃山時代に戻って実体験をしているような思いにさせられてしまった

そして、2022年5月22日、40周年の集いとして、171回の例会が開催された。例会の場所とテーマは、第一回の地、京都伏見で「幻の伏見城を知る」というものだった。私も久しぶりに参加させてもらった。

参加者は30人を超え、伏見城研究会の先生を講師に招いた「呉竹文化センター」での講演会と周辺のハイキング、さらに記念の集会も開催された。

開催のパンフレットには、この会に関わられた前代表や京都橘大学、富山大学、京都大学、京都女子大学などの先生の祝辞が載せられていて、この会の歴史の深さと友人の努力に感銘を受けるものだった。

楽しく充実した時間を過ごさせてもらえたことに感謝したい。

歩こう会と称して歩くことをメインにした会はあるが、それに歴史というお土産をつけての散策は、何か得をしたような、充実した時間を過ごすことができるものである。これからもこの会を通して歴史の多くに触れていきたいと思った。

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